解説
ウイルス性胃腸炎
病歴 | 3時間ほど前から15分くらいの間隔で腹痛 1時間前と、30分前に嘔吐、吐物は食残 その後飲水はできている、食あたりの心あたりなし 陰性所見:下痢、発熱、気道症状、関節痛、 Sick contact:保育園で胃腸炎が流行 |
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幼児の嘔吐で、周囲の流行状況から可能性が最も高いのはウイルス性胃腸炎であろうと推察する
しかし、間欠的腹痛とも取れる病歴→腸重積は否定できるか?
下痢が無く、嘔吐だけの場合は安易に胃腸炎診断に飛びつくべからず、というのは常識!
身体所見 | 腹膜刺激兆候が無いのは良いが、左下腹部に限局性に圧痛がある。 |
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限局性の圧痛の存在は、胃腸炎→腸管内圧上昇に伴う関連痛ではなく、炎症や捻転などに伴う体性痛を疑う一因となる
腹部の真ん中より、やや左上~下にかけて。
超音波所見:
腹部の左寄りは正常解剖では空腸が多い位置です。
空腸はその名が示す通り、普段はほとんど腸管内容は空虚であり、液体が貯留しちえる場合には何らかの要素で蠕動が停滞していることを疑います。
この画像では小腸内に通常よりも液体が多く見えますが、小腸壁の浮腫は無し、またはごくわずかであり、蠕動も見られており、ただちに異常とは言い切れません。
左下腹部。
しかし、少し位置を変えて観察を進めると、このように複数の小腸ループにはっきりと液体貯留が見られ、内容が停滞しています。また前画像と比較すると小腸壁にも軽度の浮腫があります。
口側腸管の拡大があまりなかったこと、この位置でも腸管の拡大は軽度であることなどから、イレウスには至っていないと考えます。
*参照:イレウス
腹部正中、臍下部。圧痛を訴える部位(優しく、ゆっくりとエコーを当てる)
圧痛部位の直下に何があるのか判断するのに最も有効な手段は、まさにその位置にエコーを当てることです。もちろん痛みに配慮し、緩徐に圧迫しながら、です。
本画像では1cm大程度に腫大したリンパ節(緑)を多数認めます。腸間膜リンパ節の腫大はウイルス性胃腸炎でもよく見られる所見であり、圧痛の原因となります。頻度の高い部位は、SMA根部~回盲部へ向かう回結腸動脈の周囲であり、本画像でも血管束(赤と青)に沿った位置にリンパ節があることが見て取れます。
なお各リンパ節は扁平であり、中心付近が高輝度を呈し(リンパ濾胞の構造を反映し)ており、反応性腫大で良いと判断できます。また周囲の腸間膜脂肪組織の輝度上昇や肥厚もなく、腹膜炎などは示唆されません。
左側腹部の最外側。
側腹部の最も外側の腸管(複数みられる場合には最も背側にある腸管)は、上行または下行結腸です。
*参考:基本編、結腸
本画像では下行結腸(DC)に液体貯留が見られます。内容がきれいな無エコーに近いため、泥状便というよりも水様便と予測できます。
下腹部正中。
さらに肛門側を見ると、既に直腸(RC)まで水様下痢が到達しています。
また膀胱に尿がしっかりみえます
エコー所見のまとめと結論
・腹水なし。
・他疾患を積極的に疑う所見もないため、診断はウイルス性胃腸炎で良いと思われる。
・限局性の圧痛があるが、腸間膜リンパ節の反応性腫大によるもので良い。
・診察の時点では下痢は呈していなかったが、おそらく短時間内で水様下痢が出ると予測できる。
補足
・急性胃腸炎の典型エコー所見は上記の通り、小腸の液体貯留、蠕動低下、軽度の壁浮腫、ですが特異度は低いです。つまり、何か別の疾患が原因であっても、小腸の蠕動が低下すれば同様の所見を呈し得るということです。
・常に除外診断によって胃腸炎の診断を成立させるという点では、問診、身体診察とほとんど同様です。しかし、視覚的に分かりやすく所見を得られること、除外診断にもエコーが有用なものが多いこと、また診断以外の情報(本症例のリンパ節腫大や、下痢の予測の他、例えば脱水の評価)も得られるため、エコーを行うメリットは非常に大きいと考えています。
他にも例えば、嘔吐や経口摂取可否の予測もできます。上の画像では胃内容が停滞し、大量の液体貯留を来しています。こういった場合には経口摂取可能な見込みは下がるため、点滴や入院について積極的に考慮するヒントとなります。
参考
・金川公夫, 河野達夫編. 小児超音波診断のすべて. 2015.