解説
細菌性腸炎
病歴 | 病歴 主訴:腹痛、血便 病歴:昨日から下痢と腹痛あり、 今日になってから腹痛は増強し、血便を呈したため来院 飲水はできるが、飲むと痛くなる 既往歴:特になし 食事歴:一昨日の夕食は家族で焼肉だった Sick contact:特になし、家族内に同症状の者はいない |
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嘔吐がない下痢が要注意なのは言うまでもない。本症例は血便を呈しており、細菌性腸炎、メッケル憩室、ポリープ、炎症性腸疾患、年齢は非典型的だが腸重積、血便は稀だが紫斑病などの鑑別を要する。
上記の焼肉などの食事歴や接触歴は「変なものとか、生もの食べませんでしたか?」では聴取できない。具体的に焼肉、鶏肉、鶏卵、井戸水や、爬虫類との接触など例示する。
身体所見 | 身体所見 |
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限局性の圧痛の存在は、胃腸炎→腸管内圧上昇に伴う関連痛ではなく、炎症や捻転などに伴う体性痛を疑う一因となる。この症例は幅広いエリアに圧痛がある。
①下腹部正中、横走査
腹部の正中でまず、腹水の有無をチェック。
膀胱の背側を上下にスキャンし、よく観察します。
矢印の位置で液体の様に見える無エコーの場所がありますが、形状が膀胱直腸窩に沿っておらず、直腸内の液体(つまり下痢成分)を見ていると考えます。
膀胱内にわずかにモヤの様なエコーがあるのが気になった人がいるかも知れません。尿の中には結晶成分などもあるので、絶対に無エコーでなくては異常というわけではありません。具合が悪くて臥床していると背側に沈殿していることもあります。
*混濁尿=尿路感染症では?という質問もされますが、尿路感染の人の尿のエコー像も通常、ノーマルです。
②右下腹部を上から下にかけて圧迫しながらスキャン
この動画では、肥厚した腸管(下の静止画で色を付けた部分)が最重要所見です。
その周囲には限局性の少量腹水(矢印の部分。これ以外にもありますのでよく見てみて)や、周囲の脂肪組織の輝度上昇が見られます(赤の点線。リンパ節も中に含まれています)。肥厚した腸管を中心に、炎症が起こっており周囲に波及していることを示していると考えます。
この時点で、「おそらく痛みの原因はこれだな」と考えます。エコーをしながら、この部分を圧迫してみて、圧痛部位と一致するか確認します。
③前のスキャンで気になった部分が長軸になるように
前のスキャンでみられた肥厚腸管を長軸にしています。この腸管は結腸と思われましたが、肥厚してハウストラが見られません。
④
左側腹部で下行結腸を観察すると、右とよい比較になります。下行結腸は壁肥厚なく、内部によくガスを含んでいます。縦断してみるとハウストラ(矢印)が見られます。
⑤下腹部正中縦走査、より深部にfocusを当てて。
この画像では、もう一度こんどは、直腸に注目して観察しています。直腸には壁肥厚は見られませんでした。
- この時点で、右半結腸を主体とした炎症が腹痛と血便の原因だろうと推察します。
- 細菌性腸炎、炎症性腸疾患が鑑別に残ります。急性の経過であること、頻度、焼肉の接触歴から、生肉からの病原性大腸菌(O-157など)による細菌性腸炎が筆頭となります。
- 細かい点ですが、エルシニア、サルモネラはより回盲部に寄った分布を示します。さらにエルシニアは腸間膜リンパ節がピンポン玉の様に腫れるのが典型的です。
⑥右肋間
細菌性腸炎を疑ったら、必ず腎臓をチェックします。(そうでなくても、スクリーニングで見ておくべきとは思いますが、より意識して見ます)
O-157などVero毒素産生性の病原性大腸菌で最も注意すべき合併症はHUS(溶血性尿毒症症候群)です。Cre値の上昇や血尿に先んじて腎の皮質輝度が上昇します。
この症例でも、左右の腎輝度が上昇していました。
エコー所見のまとめと結論
腸間膜リンパ節の腫大は無し~軽度である。
回盲部の小腸はわずかに肥厚し、目立って見えるが顕著ではなく、小腸自体の病変というよりは、上行結腸の炎症の影響を見ているものと考える。これ以外の小腸には液体貯留や肥厚は見られない。
両側で腎輝度が亢進しているが、腎サイズは正常上限程度である
(本ページに掲載していないが)肝、胆、膵、脾の実質臓器に異常は指摘できない
補足
- 細菌性腸炎の典型エコー所見は上記の通り、結腸壁の肥厚ですが、特異度は低いです。つまり、炎症性腸疾患などで結腸に炎症があればエコー所見は似てきます。
- 例えば急性膵炎など、腹腔内の別臓器からの炎症波及で結腸が腫れていることもあります。炎症所見が最も強いところに何があるのか注目し、腹膜刺激兆候には常に注意しましょう。
- 細菌性腸炎だ、と思ったら病歴をしっかり取ること、便培養を確実に行うことが大切です(複数回取る、またエルシニアなど特殊培地が必要なものはオーダー時にコメントを付けるなど工夫も必要)
- 経過が思わしくなければ、他の鑑別疾患の可能性に立ち戻るスタンスも必要です。
参考
金川公夫, 河野達夫編. 小児超音波診断のすべて. 2015.